「営業の仕組み化」とは何か―属人化から抜け出すための地図

チーム全員が売れる仕組み

「営業の仕組み化」という言葉を聞くと、営業マニュアルを作ることや、SFA・CRMを導入することを思い浮かべる人も多いかもしれません。もちろん、それらも仕組みの一部です。ただ、営業が属人化している会社を見ていくと、問題は「マニュアルがないこと」だけではありません。同じ商品を扱っているのに、営業担当者によって売上が大きく違う。社長やエース営業は受注できるのに、他の人が同じように説明しても決まらない。商談の記録は残っているのに、「次に何をすればいいのか」は本人に聞かないと分からない。こうした会社では、営業活動そのものは行われています。足りないのは、成果につながっている考え方や動き方が、会社の中で再利用できる形になっていないことなのかもしれません。営業の仕組み化を考えるとき、最初に見ておきたいのは、この違いです。

■営業の仕組み化とは何か

営業の仕組み化とは、簡単に言えば、「特定の人だけができている営業を、会社として再現できる状態にしていくこと」と考えられます。ここでいう再現とは、全員に同じ話し方をさせることではありません。社長やエース営業の頭の中には、長年の経験からつくられた「営業の地図」のようなものがあります。どこを見て、どこで立ち止まり、どちらへ進むのか。本人には当たり前でも、他の営業担当者にはその地図が見えていないことがあります。例えば、社長が商談で自然にやっていることを振り返ると、どんな会社を見込み客として選んでいるのか。商談前に何を調べているのか。最初の会話で何を確認しているのか。どんな反応があったときに提案内容を変えるのか。どの段階で決裁者に会おうとするのか。どんな状態になったら提案するのか。受注後に、いつ、どんな接点を持つのか。といった、いくつもの判断が含まれていることがあります。本人にとっては「普通に営業しているだけ」なので、意識していないことも少なくありません。営業の仕組み化で扱うのは、営業資料やトークだけではなく、こうした「誰に、いつ、何を見て、どう動くか」という営業の流れと判断です。それが会社の中で共有され、実行され、結果を見ながら更新されていく。そこまで含めて「仕組み」と捉えると、営業マニュアルとの違いが見えやすくなります。

■なぜ営業は属人化しやすいのか

営業は、製造工程のように同じ作業を繰り返す仕事ではありません。お客様によって課題も違えば、担当者の立場も違います。競合の有無、予算、検討時期、社内事情も違います。そのため、成果を出している人ほど、状況に応じて細かな判断を変えています。ところが、その判断は目に見えません。同行した社員から見ると、「社長が雑談していたら商談が進んだ」「エースが提案したら決まった」と見えることがあります。本人に理由を聞いても、「経験かな」「相手の反応を見れば分かる」「この案件はまだ早いと思った」という答えになることもあります。つまり、営業の属人化は、単に情報共有をしていないから起きるとは限りません。成果を出している本人にも、自分が何を基準に判断しているのか見えていない。ここが、営業の仕組み化を難しくしている部分の一つです。ART-9「社長が営業できなくなった日」では、この状態をA社長とB社長という二人の物語で描いています。社長の頭の中に売れる理由が残った会社と、その理由を少しずつ会社の中へ移した会社。その違いは、普段は見えにくくても、数年後には社長の仕事そのものを変えていきます。

■仕組み化すると、何が変わるのか

営業の仕組み化というと、「誰でも同じように売れるようにすること」と説明されることがあります。実際には、そこまで単純ではありません。経験も得意分野も人によって違う以上、全員が同じ成果になるわけではありません。変わるのは、「ゼロから自分なりの営業をつくらなくてもよくなること」です。例えば、新しく入った営業担当者が、どのような会社にアプローチするのか。商談では何を確認するのか。何を見て次のステップを判断するのか。過去に似た案件では何がうまくいったのか。を知ることができれば、先輩が何年もかけて身につけたことを、すべて自分の失敗から学ぶ必要はなくなります。マネージャー側にも変化があります。ある上司は「もっと押した方がいい」と言い、別の上司は「まだ提案するな」と言う。そんな状態では、営業担当者は誰の判断を参考にすればよいのか分かりません。会社として見るポイントが共有されていれば、指導内容にも共通の土台ができます。さらに、退職や異動によって営業ノウハウが丸ごとなくなるリスクも小さくなります。個人の経験が、少しずつ会社の資産に変わっていくからです。

■営業の仕組み化は、どこから進んでいくのか

会社によって営業の形は違いますが、仕組み化の流れを整理すると、大き【5つの段階に分けて考えることができます。

■1. まず「売上がどう生まれているか」を見る

最初に見えるのは営業活動の全体像です。どこから見込み客が来るのか。誰が商談するのか。どの段階で提案するのか。誰が決裁するのか。受注後にどんなフォローがあるのか。会社によっては、新規開拓より紹介が圧倒的に強いこともあります。初回商談より、二回目の商談に社長が参加したときだけ受注率が上がる会社もあります。営業の仕組み化というと「営業担当者の行動」に目が向きがちですが、その前に、そもそも自社の売上がどんな流れで生まれているのかを見る必要があります。

■2. 成果が出ている場所を見つける

次に見るのは、すでにうまくいっている営業です。社長だけ受注率が高い。特定の営業担当者だけ紹介が多い。ある支店だけ継続率が高い。特定の業界では受注しやすい。そこには、会社がまだ言葉にできていない「売れる理由」が隠れている可能性があります。新しい営業方法を外から持ってくる前に、すでに社内で起きている成功を見る。ここが起点になる会社は少なくありません。

■3. 「何をしたか」ではなく「なぜそうしたか」を整理する

成功している営業担当者に「何をしていますか」と聞くと、「ヒアリングしています」「お客様に合わせて提案しています」といった答えになることがあります。これだけでは、他の人は再現しにくいものです。もう一段掘り下げると、なぜ、その質問をしたのか。何を聞いて、課題があると判断したのか。なぜ、そのタイミングでは提案しなかったのか。なぜ、この事例を見せたのか。という判断が見えてきます。営業の仕組み化では、行動だけでなく、その前にある判断を取り出せるかどうかが大きなポイントになります。

■4. 誰かが使える形にする

見つかったものが社長やエースの頭の中に残ったままでは、会社の仕組みにはなりません。チェック項目になることもあれば、商談前の確認項目、案件レビューの基準、事例集、営業会議の進め方になることもあります。重要なのは、立派なマニュアルを作ることよりも、実際の営業の中で使われる形になっていることです。

■5. 成功と失敗から更新する

一度決めた営業方法が、ずっと正しいとは限りません。市場も顧客も競合も変わります。営業担当者が実践した結果、「この条件ではうまくいかなかった」「この質問を加えると課題が見えやすかった」といった新しい発見も生まれます。それをまた共有し、会社のやり方を更新する。仕組み化は、完成したマニュアルを棚に置くことではなく、現場の経験が会社に戻ってくる循環まで含めて考えた方が実態に近いようです。

■採用したのに、なぜ属人化が解消しないのか

営業が社長に依存している会社では、「営業できる人を採用すれば解決する」と考えることがあります。経験者を採用し、商品知識を教え、商談にも同行する。ところが半年、一年経っても思ったほど売れない。最後は社長が商談に出る。そんな状態に戻る会社もあります。ここで起きているのは、人材の能力だけの問題とは限りません。社長が長年かけて身につけた「この会社は可能性がある」「この担当者にはこの話をする」「今はまだ提案しない」といった判断が、新しく入った人には渡されていないことがあります。商品知識は教えられても、売れるまでの判断は教えられていない。その状態で「自分なりに営業してください」と言われれば、新しい営業担当者は自分の経験を頃りに営業をつくることになります。採用によって「人」は増えても、会社の営業の仕組みが増えたわけではない、という状態です。

■営業代行を使っても、なぜ会社に営業力が残らないことがあるのか

もう一つ、よくある選択肢が営業代行です。自社では新規開拓ができないため、外部の会社にアポイント獲得や商談を依頼する。短期間で営業活動を増やせる点では合理的な方法です。一方で、代行をやめた瞬間に営業活動も止まってしまうケースがあります。アポイントは取れた。商談も増えた。でも、なぜその会社が反応したのか、どんな訴求が効いたのか、商談のどこで失注したのかが自社に残っていない。そうなると、成果が出ても、その経験は代行会社側に蓄積されます。営業代行そのものが問題なのではありません。外部の力を使って生まれた知見が、自社の営業に戻ってくる構造になっているかどうか。ここに違いが出ます。

■ツールを入れれば、営業は仕組み化されるのか

SFAやCRMも、営業の仕組み化には重要な道具です。顧客情報、商談履歴、案件の進捗が共有されれば、「誰が何をしているか」は見やすくなります。ただ、データを入力するだけでは、「なぜその判断をしたのか」までは残りません。「商談実施」「提案済み」「検討中」という記録があっても、なぜ提案したのか、なぜ次回は決裁者を呼ぶのか、何を確認できたら受注可能性が高いと見るのかが分からなければ、別の営業担当者が同じ判断をするのは難しい。ツールは仕組みを動かしやすくします。ただ、何を共有し、何を判断基準にするのかという中身がなければ、入力する箱だけが増えてしまうこともあります。

■「成功事例を共有する」だけでも足りない

営業会議で成功事例を共有している会社もあります。「今月、○○さんが大型案件を受注しました」「このトークが良かったそうです」それだけでも参考になります。ただ、営業の仕組みとして考えると、もう一段深いところがあります。なぜその案件を狙ったのか。途中で何に気づいたのか。提案をどう変えたのか。何が決め手になったのか。成功した「結果」ではなく、成功に至る「プロセス」が共有されると、他の営業担当者が自分の案件に置き換えやすくなります。「なぜリクルートは、『売れた営業』を表彰するだけで終わらせないのか?」で紹介したリクルートの事例は、この点が興味深いものです。優れた成果を表彰するだけでなく、その成果に至るまでのプロセスやストーリーを言葉にし、他の社員が見られる形で共有してきました。「成功事例を共有してください」と呼びかけるだけではなく、成功を見つけ、言葉にし、共有し続ける場所まで会社側がつくる。個人の経験を会社の知恵に変える仕組みの一例です。

■顧客との関係も「担当者の頑張り」にしない会社がある

仕組み化の対象は、新規営業や商談だけではありません。受注後の顧客との関係にも属人化は起こります。「既存顧客をフォローしてください」「お客様との関係を大切にしてください」そう言われても、実際にどのくらい連絡するかは営業担当者によって変わります。「なぜヤクルトは、『売る人』をお客様の家まで行かせたのか?」で取り上げたヤクルトレディの仕組みは、別の角度から参考になります。特徴的なのは、「お客様と関係をつくれ」と販売員に求めただけではなく、商品を定期的に届けることで、お客様と自然に接点が続く販売方法そのものをつくったことです。担当者がマメだから関係が続くのではなく、普通に仕事をしていると接点が生まれる。これも、個人の頑張りを仕組みに置き換えた例として見ることができます。

■営業の仕組み化で見えてくるのは「人をなくすこと」ではない

営業を仕組み化すると聞くと、「営業を標準化して、誰でも同じ動きをさせる」という印象を持つ人もいるかもしれません。でも、実際の営業では、人の力はなくなりません。同じ質問をしても、相手の反応をどう受け取るかは人によって違います。信頼関係のつくり方も、説明の仕方も違います。仕組みが担うのは、人を均一にすることではなく、「会社として外してはいけないところ」を共有することです。誰を顧客と考えるのか。何を確認するのか。何を見て判断するのか。成功や失敗をどう会社に戻すのか。その土台があれば、その上で一人ひとりの個性や強みを使うことができます。

■「社長が売れる会社」の次にあるもの

創業期には、社長が一番売れる会社は珍しくありません。社長が商品を一番理解し、お客様を一番知り、誰よりも強い思いを持っている。むしろ自然な状態です。問題が見え始めるのは、会社が大きくなったときです。営業担当者を増やしても、社長ほど売れない。大きな案件になると社長が呼ばれる。売上が足りなければ社長の人脈に頃る。会社が成長するほど、社長の営業予定も増えていく。この状態では、「売れる社長」が会社の最大の強みであると同時に、会社が次へ進むときのボトルネックになることがあります。「社長が営業できなくなった日」で描いたB社長は、自分の営業を自分一人では整理できないことに気づき、外から質問してもらいながら無意識の判断を言葉にしていきました。数年後、社員は社長に答えを聞くだけではなく、自分たちで案件を考えるようになり、B社長は事業計画、採用、新規事業といった「社長にしかできない仕事」に時間を使えるようになりました。営業の仕組み化が経営に与える影響は、受注率や営業効率だけではないことが分かる例です。

■営業の仕組み化は「地図をつくること」に近い

営業には、唱一の正解があるわけではありません。お客様が変われば、進み方も変わります。だから、すべての営業担当者に同じ道を歩かせることは難しい。ただ、地図があるのとないのとでは違います。どこに向かっているのか。どこで道が分かれるのか。この条件なら、どちらへ進む可能性が高いのか。過去に同じ場所を通った人は、どこで失敗したのか。それが分かれば、一人ひとりが状況に合わせて考えやすくなります。社長やエース営業の頭の中には、長年の経験からつくられた地図があります。本人は何度も通っているので、地図を見なくても歩けます。ところが、新しく入った営業担当者には、その地図がありません。「俺についてくれば分かる」「経験すれば、そのうち分かる」という会社では、一人ひとりが何年もかけて自分の地図をつくることになります。営業の仕組み化とは、社長やエースと同じ人間をつくることではなく、彼らが長い時間をかけて見つけた道を、会社の地図として残していくことなのかもしれません。そして、その地図は完成品ではありません。新しい営業担当者が別の道を見つけることもある。お客様が変われば、通れなくなる道もある。うまくいったこと、うまくいかなかったことが書き加えられ、少しずつ会社独自の地図になっていく。「営業の仕組み化」という少し硬い言葉を、そんなふうに捉えてみると、自社の営業のどこがまだ「誰かの頭の中」にあるのかが、少し見えやすくなるのかもしれません。

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