なぜヤクルトは、「売る人」をお客様の家まで行かせたのか?

勝ちパターン企業研究

スーパーやコンビニに行けば、当たり前のようにヤクルトが並んでいます。それなのにヤクルトには、もう一つ、とても有名な販売方法があります。ヤクルトレディです。決まった地域のお客様のもとを訪ね、商品を直接届ける。あまりにも身近なので、特別な仕組みには見えないかもしれません。でも営業の視点から見てみると、これがなかなか面白い。ヤクルトレディにつながる「婦人販売店システム」が全国に導入されたのは1963年。だ6年以上経った現在も、この宅配システムはヤクルトの重要な販売チャネルとして続いています。なぜ、これほど長くこの販売方法が続いているのでしょうか。

■始まりは、地域の主婦だった

ヤクルトそのものが誕生したのは1935年です。創始者の代田稔が培養に成功した「乳酸菌 シロタ株」を飲料として商品化し、福岡で製造・販売を始めました。その後、各地に販売組織が広がっていきます。大きな転換点になったのが1963年です。一部の地域で、家庭の主婦を女性販売員として採用する取り組みが始まっていました。同じ地域に暮らす顔なじみの主婦が、一軌一軌のお客様に商品を直接手渡す。この販売方法が好評だったことから、ヤクルトは「婦人販売店システム」として全国に導入しました。現在のヤクルトレディにつながる仕組みです。ここだけを見ると、「販売員を増やして訪問販売を始めた」という話に見えます。でも、営業の視点から見ると、もっと面白い仕組みが隠れています。

■売りたかったのは「商品」だけではなかった

ヤクルトの宅配は、商品をただ届けるだけではありません。商品の特性や価値を伝え、理解して飲んでもらうことも大切にしてきました。ここが営業の観点では面白いところです。棚に商品を並べるだけではなく、「なぜ飲むのか」を説明する人まで、お客様のところへ届けた。商品を届ける。商品の価値を伝える。理解してもらう。継続して飲んでもらう。この流れそのものを販売の仕組みにした、と見ることができます。

■なぜ、ヤクルトレディは効果的だったのか?

理由の一つは、お客様と何度も会えることです。心理学には「単純接触効果」と呼ばれる考え方があります。人は、繰り返し接する相手や対象に対して、親しみを感じやすくなる傾向があるというものです。ヤクルトレディは、それを営業テクニックとして使っているわけではありません。商品を届けるという日常の仕事をしているだけで、自然と接触回数が増えていきます。さらに重要なのは、毎回会うための「用事」があることです。営業担当者から突然「最近いかがですか?」と連絡が来れば、「何か売りたいのかな」と身構えることがあります。でも、「商品を届けに来ました」なら、訪問する理由が明確です。売るためだけに会うのではなく、商品を届けるという価値提供が先にある。そのついでに、「最近どうですか」「こんな商品もあります」と自然な会話が生まれる。営業するために接点をつくるのではなく、「接点を持つ理由」が商品購入の中に最初から入っているわけです。

■会えば会うほど、次の接点の質が上がる

同じお客様と継続的に接することには、もう一つの意味があります。一度会っただけでは分からなかったことが、何度も会うことで少しずつ分かってきます。家族構成、健康への関心、よく購入する商品、会いやすい時間、興味を持つ話題。今ならCRMに記録するような顧客情報を、人と人との関係の中で自然に知っていくことができます。そして、知れば知るほど、その人に合った話ができるようになる。ヤクルトレディの強さは、単に「何度も会える」ことだけではなく、「会えば会うほど、次の接点の質が高くなる」ことにあるのかもしれません。

■実は「売った後」の方が大事なのかもしれません

一般的な営業では、受注をゴールにしがちです。見込み客を探す。アポイントを取る。商談する。提案する。そして契約する。ここまでには、かなりの営業活動をします。ところが契約した瞬間、営業担当者の関心は次の新規顧客へ移ってしまう。せっかく一番関係ができたお客様なのに、です。ヤクルトレディは逆です。最初の購入は、関係の終わりではありません。むしろそこから何度も会える。だから継続購入だけでなく、新しい商品の紹介や、利用状況を知る機会も生まれます。「売るために関係をつくる」のではなく、「売ったことで、関係をつくる機会が生まれる」。この発想は、今の営業にも使えそうです。

■なぜ、簡単には真似できないのか?

では、これほど良い仕組みなら、なぜどの会社も同じような販売網をつくらないのでしょうか。ここにも、ヤクルトの勝ちパターンらしさがあります。ヤクルトの宅配は、単に「営業担当者を訪問させる」という仕組みではありません。地域ごとの販売会社があり、宅配センターがあり、そこを拠点にヤクルトレディがお客様の自宅や職場へ商品を届ける。さらに、商品の品質を保ったまま届けるための管理や、販売に関する研修も必要になります。つまり、同じ仕組みをつくろうとすれば、人を集めるだけでは足りません。地域ごとに拠点をつくり、人を採用し、育成し、商品を安定して届け、顧客との関係を継続する。それを長い時間をかけて全国に積み上げていく必要があります。一方で、スーパーやコンビニなど既存の流通網を使えば、より少ない自前の販売組織で広い地域に商品を届けることができます。実際、ヤクルト自身も現在は宅配だけではなく、スーパー、コンビニ、自動販売機など複数の販売チャネルを持っています。それでも宅配を残し続けている。ここに、この仕組みの価値が表れています。「商品を広く売る」だけなら店頭販売でもできる。でも、「同じお客様と繰り返し接点を持ち、直接商品を手渡し、コミュニケーションを続ける」という関係まで含めて販売網にするには、簡単には真似できない組織と時間が必要です。だからこそ、ヤクルトレディは単なる販売手法ではなく、ヤクルトが長年かけて築いた営業資産だと考えることができます。

■勝ちパターンは「訪問販売」ではない

ヤクルトの勝ちパターンを「訪問販売をしたこと」と捉えると、少し浅い。「女性販売員を活用したこと」だけでもありません。この事例で注目したいのは、「顧客と定期的に会い、商品の価値を直接伝え、継続購入につなげる顧客接点を、販売の仕組みそのものに組み込んだこと」です。「お客様と関係をつくれ」と販売員に指示したのではない。「お客様と関係が続く販売方法」をつくった。ここが重要です。

■今の会社なら、何が「ヤクルトレディ」になる?

もちろん、BtoB企業が毎週お客様の会社へ商品を届ける必要はありません。真似したいのは「訪問販売」という形ではなく、「お客様と自然に接点を持ち続ける理由を、商品やサービスの中につくる」という考え方です。たとえば、納品後30日で利用状況を確認する。毎月、顧客の数字を一緒に確認する。3カ月に一度、業界情報を届ける。半年に一度、無料診断を行う。顧客企業の担当者を集めた勉強会を開催する。利用データをもとに改善レポートを届ける。大切なのは「営業担当者にフォローさせる」ことではありません。フォローする理由そのものを、商品やサービスに組み込むことです。そうすれば、担当者の性格やマメさだけに頼らなくなります。

■「関係をつくれ」ではなく、「関係が続く仕組み」をつくる

「お客様と関係をつくれ」「既存顧客を大切にしろ」「もっとフォローしろ」多くの会社で言われていることです。でも、これだけでは「頑張ってください」と言っているだけなのかもしれません。ヤクルトが面白いのは、「関係をつくれ」と言う代わりに、「関係が続く販売方法」をつくったことです。何度も会う。相手を知る。会話の質が上がる。さらに関係が深くなる。継続購入や次の提案につながる。この循環を、日々の商品宅配の中につくった。営業担当者が頑張って顧客との関係を維持するのではなく、普通に仕事をしているだけで顧客との接点が続き、相手への理解が深まっていく。これこそ、仕組みの強さです。自社に置き換えるなら、こんな問いが浮かびます。「うちの会社のヤクルトレディは何だろう?」商品を売ったあと、お客様ともう一度自然に話せる理由はあるでしょうか。そして、その次にもまた話せる理由はあるでしょうか。もしなければ、「売った後に、自然とまた会える仕組み」を考えてみる。60年以上続くヤクルトレディという販売方法には、デジタル時代の営業にも使えそうなヒントが隠れています。

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